発行 G・F・C
第一版 1979/07/29
増補改訂版 1979/08/07
※以下は「40〜43ページ」に該当します。(2012/8/8追記)
第二節 ガンダムの宇宙像
ガンダムの中では、このスペース・コロニーも、宇宙空間や未来社会も、すべては物語の舞台にすぎません。これらの事は常識として、日常の世界として人々は行動しているのです。それだけに、この土台がよほどしっかりしていないと、ガンダムの世界は根底から崩れてしまう危険があると言えます。各シーンは、予想もしていなかったような事にまで細かい配慮がなされていましたが、又、多少気にかかる点も幾つか見受けられました。この項で、それらを順を迫いながら、具体的に触れてみましょう。
1.プロローグ/
物語は宇宙に植民が開始されてから約半世紀後に始まります。この頃には、かなり多数の宇宙島が建設されていて、人口も百億を越えているものと思われます。人々は地球と宇宙とに半々に別れて住んでいるようです。
そこにジオンの独立戦争が起こります。人口は半減し、コロニーも相当数が壊されてしまいます。ところで、宇宙島はラグランジュの点に浮いていますから、かなり大きな外力を加えないかぎり地球に墜ちる事はないはずです。それをあえて冒頭に字宙島落下のシーンを入れたのは、地球連邦崩壊のイメージを印象づけるための演出上の効果、と思われます。が、もしその効果だけを狙ったものなら、恐怖感や巨大感に欠ける点があるのではないでしょうか? 演出的に物足りなさを感じた数少ない場面のひとつです。
2.サイド7/
サイド7はL3点に位置し、傍には小惑星帯から建設資材として運ばれたルナUがあります。L3は前述のように軌道安定性が悪い点です。この時代になっても開発が遅れている ――未完成の宇宙島が一基あるだけ―― のもそのためでしょう。
一話の画面を見ると、サイド7の宇宙島は約二分で一回自転しています。内部重力を1Gとすれば、直径は島3号とほぼ同じ――約6.5kmとなります。ただ画面の上ではこの巨大さは充分に表現できてはいないと思います。接近した時、外壁を曲面ではなく平面に近く描くなり、或は外壁の回転速度、時速700kmの高速、を表わすなりの描写が望まれました。
宇宙島は真空中にありますから、外壁が破れれば当然、空気がそこから流出します。これを逆に利用して穴を塞ぐ機構が二話で使われたウォール・フイルムで、さすがガンダムと感心させられたシーンでした。おそらく居住区の方にはもっと大規模な自動修復システムがあるのでしょう。ただ折角この描写がありながら、シャアが手榴弾で外壁に穴を開けた時は当然空気の流出とともに外に吸い出されるはずの爆発の煙が、空気中と同じような拡散を見せたのは、非常に残念でした。
3.サイド3/
サイド3は月の向こう側、ラグランジュの第二点にあります。この点は月からの物質が容易に得られ、特に、強力なチタニウム金属が大量に使用できるので、武器の製造には非常に適した所と言えるでしょう。
サイド3の宇宙島を見ると、太陽光を反射するための鏡も、取り入れるための窓も見当たりません。これはサイド3が人工的な太陽灯を内部に持っている事を示します。こうすれば、外壁の装甲は強力にできますし、円筒内部をすべて陸地として使えるという利点があります。その反面どうしても、
閉鎖的になりやすい傾向があるのは仕方のないことです。ジオンの住民は、太陽を見ることの少なかった北欧系の移民ではないか、といった変な想像ができるほどです。
4.宇宙島での生活/
サイド7の内部は、島3号と同じく三つの陸地と三つの窓に分かれていました。内部の陸地に立てば、他の二つの陸地は頭上に見えるはずですが、画面には表われませんでした。単に画面の構成上から描かなかったのか、それとも人々の心理的な圧迫をなくすため何らかの人為的な措置がとられているのかもしれません。
街並は現在の西欧風の高級住宅といった感じで描かれています。よく見れば街灯はあっても電柱は一本もないことに気づかれるでしょう。送電線は建設時に外壁に組み込まれているからなのですが、ここまでの細かい配慮には驚くばかりです。
居住区の端のリフトは、回転していない港へと通じています。この二つをつなぐ切り換えステーションは画面上には出て来ませんでした。港内部は回転していないので、人工重力がありません。しかしすでに字宙に植民されてから長い年月が経っているので、人々には無重力状態も決して目新しいものではなく、気軽に行動していました。このあたりの現在の人間との意識の相違も見事に表わされていました。
宇宙島内部の食生活は、今とさほど変わっているようには見えません。ですが画面からは、牛や魚等の家蓄が飼育されているかどうかは判断できません。無重力区では、飲物は当然のようにパッケージから飲まれていました。
無重力状態の中では物体は決っしてフワフワとせずに、慣性によって直線的に動くものです。ここの慣性の表現もガンダムでは実に素晴らしく、ザクのエアロックヘの侵入シーン、サイド7の指揮官のリフトグリップ(富野氏御自身の発案と開きます)による移動、指令室に入ってからの着地と磁力靴の表現、等々本格的な描写が数多く見られます。サイド7の指令室には椅子がひとつもない
――無重力なので―― もリアリティを強調しているようです。
無重力状態では又、物体は常に固定しておかないと、触れ合うたびに力を及ぼし合って離れてしまいます。ホワイトベースの艦長はベットに寝ている時は、拘束ベルトがかけられていました。しかしホワイトベースの指令室も人工重カがないはずですが、座席に坐っていた人間はシートベルトもしていませんでした。ホワイトベースは加速をかけて移動するので、座席は必要なのですが、何も固定せずに椅子に坐っていることはできません。単なるミスなのか、それとも服に特殊な加工でもしてあるのでしょうか。ホワイトベース内にも人工重力のある遠心居住区があるらしく、一話ではティム・レイのいた区画が廊下が彎曲しています。
第四話ではその回転が止まりアムロ達のいる区画が急に無重力になる、といった描写が見られます。
無重力状態の場面では、上下逆さに人物を配した構図が幾つかありました。が、さすがに斜めや横から突き出すように立つ人間はいませんでした。これは非常に不安定な構図なので、無重力を強調するには面白いと思っていたのですが、残念でした。
5.戦闘/
戦闘シーンは特にハードに作られているので、すべてに触れることはとてもできません。この章では宇宙島に関するものだけを取り上げてみます。
連邦軍の戦闘員は全員、装甲宇宙服を着用していました。壁ひとつ隔てた外は宇宙空間があるという緊張感が感じられます。ティム・レイもこれを着用していたので、まだ生きているかもしれません。
宇宙島の中では、有線誘導ミサイルのような、限られた破壊力を持つ武器しか使用されていません。宇宙島の外壁を破壊しないための当然の配慮と言えます。アムロが、そこまでの考えなしに、ザクの核融合炉を破壊すると、爆発で大地が破れてしまいます。いかにも宇宙島独特の戦闘らしく見事な描写でした。
宇宙島はかなり高速で回転していますから、回転方向と反対方向とどちらに射つかで弾の飛び方が大きく違います。こんな状況下で複雑に位置を変える敵に命中させるには、低速の有線誘導兵器が有効なのかも知れません。これに対し無重力の港内では、弾道は下がることはありませんし銃の重さも気にならないので、命中精度はかなり高いものとなるでしょう。反動をなくすために銃身後退式の銃が使われているあたりは、手抜かりはないといった感じです。
6.宇宙空間/
宇宙の戦闘で最も印象に強かったのはシャアのザクのスビード感です。前後、左右、上下と自由自在に飛び回るさまはただ感嘆するばかりです。ガンダムの方はもう少し動きをギクシャクさせた方がリアルだったような気がします。
ザクをむき出しのまま曳航して補給したり、或はガンダム・コアファイターがルナU上空を低空飛行する時、山の陰に太陽が見えかくれしたり、正確な宇宙の概念の把握では空前の素晴らしさを見せてくれます。
又、ノーマルスーツによる作戦行動ですが、モビルスーツと対照的をなし、とても効果的だと思います。ただ、ノーマルスーツでは宇宙線の防御能力が低いと思われますので長時間の行動は危険です。もし太腸に大規模なフレアが生じたりすれば、命取りにもつながりかねません。
7.大気圏突入/
大気圏突入をめぐっての戦闘シーンはガンダムの中でも特に物凄いものでした。周囲の宇宙空間と、眼下の地球との対比、その中で大気圏上層をかすめるようにしてザクが遠ざかって行くシーンの驚嘆するほどの視覚的効果はまさに圧巻でした。
さてガンダムの大気圏突入ですが、盾を使って衝撃波を発生させながら突入する点まで、よく作られていると思います。一方ホワイトベースの事ですが、これは頭を下に向けて突入するのではなく、機首を上げ、迎え角を取った姿勢で再突入させるべきでしょう。それにしてもあんな形のホワイトベースが楽々と再突入するのですから、その性能はまことに恐ろしいものです。
8.終わりに/
かなりの駆け足ですが、一通りの事を書いてみました。もちろんまだまだ書きたい事は多いのですが、それは次の機会に譲るとしましょう。とにかく、ガンダムの宇宙の魅力は宇宙を宇宙そのものとして扱っているという点にあると思います。
当り前の事のように聞こますが、今までの映画やテレビで描かれてきた宇宙は、ほとんど海や空の延長としての宇宙でしかなかったのです。人類の中で実際に宇宙を飛び、無重力や真空を体験した人間はごく限られています。まして宇宙島などまだ現実のものではないのです。従ってこれらの舞台を描こうとしたら、そのすべてを造り出さねばなりません。綿密な科学考証と未来の考察があり、その上に非常な努力が必要でしょう。ガンダムの宇宙は、まさにこの努力の上に造られています。
さらにガンダムは、単なる科学解説のお遊そびに終わってはいません。それは、厳しいながらも無限の広さと可能性を秘めている宇宙の中で、必死に生きている人間達の物語なのです。それこそがガンダムのもつ最大の魅力であると言えないでしょうか。
終節
宇宙で生まれた子供たちが、物心ついて、自分達の故郷が人工の世界である事を知った時、果して何を思うのでしょうか? 周囲を緑に囲まれ、さまざまな重力の下で生活できる事を喜ぶのか? すべてが先祖の手によって作られた世界である事に怒りをおぼえるのか? 私にはわかりません。ただ、今の私に言えるのは、今から何十年かの後、私が生きているうちに宇宙島が完成したならばぜひ一度は行ってみたいという事だけです。
『機動戦士ガンダム』は宇宙植民島社会を映像化した、少なくとも日本で始めての物語です。もしかしたら将来宇宙島で、記念すべき作品として上映される事があるかもしれません。その時、この物語に示される戦争の恐怖が、杞憂である事を願いたいものです。
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