Panzer World Galient

「機 甲 界 牙 利 ロ庵」

Panzer World Galient

機甲界ガリアン(SUNRISE 1984〜85) NT '86-5


「十年はひと昔、二十年ならふた昔」

 キリストの言葉は二千年間残っていますが、自分の言葉の賞味期限は果たして何日なのだろうか?と時々考えます。時事ニュースならば三日で腐り、今週見たアニメのネタも長くはもたず、どんな話題もマッハのスピードで忘却の彼方へと去ってゆくこの現代社会、跡形も残らずただ消えていくだけの物の何と多さよ。ところでホリエモンの逮捕って、もう何年前の話でしたっけ・・・?

「人生と透明水彩はやり直しがきかない」

 話は変わりますが、「透明描法」という物は失敗しても修正ができません。ちなみに「逆シャア」の宣伝用の絵(北爪宏幸/西口司郎)のνガンダムのオデコのパーツの色が濁っているのはこのためで、赤く塗った後から色を修正すれば必然的にああいうくすんだ色になります。なお、直された理由については知りませんが、大々ベテランの西口先生がうっかり間違えたとは考えにくいため「色設定が急遽変更説」を勝手ながら提唱させて頂きます。ただ、もしここで自分だったら絵の綺麗さを捨ててでも「設定を優先」し、ホワイトを汚く上塗りして描き直す所ですけど・・・(←何ら意味のないヨタ発言)

 ・・・・という訳で、修正のできない透明水彩(「歩」の文字のみ白を使用)なのですが、透明描法でメカが描かれる事自体は既にあったものの(空山基氏のオツユ描き等)、輪郭線を描かず全身にくまなくタッチを付けているという点が「まさに狂気」で、この作風(質感)の絵は以後においても存在しません。まあぶっちゃけて言うなら、「高荷先生の超絶タッチをどうしても真似できないので仕方なく変えたら偶然こうなった」というヒョウタンからコマの様な物ではあるのですが、「面ではなく線で描く」という発想には当時木炭デッサンをやっていた事も一役買っています。木炭デッサンはいざやってみると他の描き方と全く異なり「面で描く」という特殊な物で(この感覚は実際にやってみないとわからない)、これにより常識を崩されていたため発想の逆転がすんなり出来たという次第です(ちなみに筆の水分の微妙な調節が難しかったのですが、とあるバッチイ方法でクリアー)。
 なお、人馬兵は中華な山水画っぽさを狙ったため鉄巨人のタッチはあえて行わず、バックもごく普通の描き方で、マスキングして平筆を左右に這わせてからエアブラシをぎこちなくかけてます(下手クソな理由は、当時コンプレッサーをまだ持っていなかったため)。
 しかし技法としては致命的な弱点がありまして、凄まじく量産に向いていません。何しろ85年の12月中旬より下書きに入り(最重要である形状変更はすでに終えていた)クリスマス頃よりツルツルのB4サイズのケント紙に塗りを開始して冬休みの間にサッサと終わらせる予定だったものの、完成したのは15日を過ぎた頃。ただ、当時は「たった一枚塗るのに三週間もかかってしまった」と思ったものの、今になって考えると「これをわずか三週間で」という感も多分にありますが・・・(苦笑)。

「人体とアナログ絵にバックアップは無い」

 ちなみに、この絵の写真による複写はありません。安いカメラではどのみちロクな複写はできず、写真店に頼む余裕も懐に無かったので・・・よってどんな感じだったかは詳細には覚えていませんが、原画は地面が緑がかっており、本体の下半身にもビリジアン(の線)を直接うっすらと入れています。印刷後に赤味が強まる事は想定していたものの緑が消えたのは意外でしたが、結果的に運良く深みのあるグレーになっており(スキャン画像ではわかりにくいのですが)、要は印刷物の色調は原画よりも多少良くなっています。たぶん・・・。

「墓場のkita管理人の戯言」

 ドーデモイイ話が長くなってしまいましたが、結局もはや今となってはこれも「単なる普通の萌え懐ロボ画像の一つ」として消費されて瞬時に通り過ぎていく物に所詮すぎないのでしょうね・・・。まあ時代の流れにはどのみち勝てぬため、こうして老人がブツクサ愚痴るのは見苦しいだけなのかもしれません。ただ実の所を言いますと、20年後に画像掲示板でこれを拾った人が「古臭くて萌えないけど妙な電波オーラがゆんゆんするなあ・・・一体どうやって描いたんだろ、このCG?」と感じてくれるのを自分は草葉の陰から見つめながらきっと涙にむせぶのだろうなあ・・・とそんな不毛な妄想のためにこのページを作ったという次第でして、そういう訳なので感想批判罵倒その他は来世で・・・もとい2026年4月より受け付けを開始しますので、その点をどうかよしなにお願いしますですハイ。んじゃ、アディオス!

2006/4/11

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